| 明治22年(1889)10月30日の早朝、つがる市車力沖合300m付近で折からの暴風によって座礁した一隻の巨船が牛潟の漁民によって発見され、風速63mの嵐の中、決死の救出活動で乗組員23人中、4名の船員を奇跡的に救助。助けた当時の村人たちの心にも、助けられた乗組員たちの心にも大きな感動が生まれました。 |
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その船名はチェスボロー号、米国メーン州バス市船籍。電話も自転車もなかった時代、車力村(現在のつがる市車力)から青森県庁までの約64qを村一番の健脚といわれた若者2人が自ら足で走り抜け、3日後、奇跡的に助かった4人は無事米国に帰国しました。
国境を越えた勇気と愛の人間ドラマは感動と共に語り継がれ、車力村と米国メーン州バス市は、積極的に交流が行われるようになりました。 |