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■ 教育・文化  > 文化 >  伝統芸能




 つがる市で毎年9月に行われている「つがる市伝統芸能保存フェスタ」の模様を動画で
ご紹介します。


 
毎年、旧暦の8月1日に行われる津軽地方最大の秋祭りで、国の重要無形民俗文化財に指定されている伝統行事の「お山参詣」のお囃子です。
 五穀豊穣と家内安全を祈願し、津軽各地より白装束に身をかためた人々が集まり、「サイギサイギ」というお題目を唱えながら、霊峰岩木山を登ります。
 山頂でのご来光を拝し、下山する時に演奏されるのが下山囃子です。

 
津軽地方に伝わる嫁いびりの内容をもった数え唄形式の民謡で、文化5年(1808)、旧森田村の下相野の百姓弥三郎の所に隣村大開の百姓万九郎の娘が嫁にきましたが、弥三郎の親の嫁いびりに耐え切れず、ついに離縁することになり、その別れの時、思い余って外に放り出された長持に腰をかけて、嫁が恨みをこめて歌ったのが、この弥三郎節の由来と言われています。

 高い裏声を張り上げて唄う旧森田村の盆踊り唄で、日本民謡としては、きわめて特異な発声法を用いており、津軽民謡の中でも異色で、日本のヨーデルともいわれております。
 由来は、今から430年位前の天正年間、津軽藩の祖津軽為信が、油川城を攻撃した時、落城が叶わず兵士たちの落胆ぶりは相当なものでした。 険しい津軽坂(今の鶴ヶ坂)を越えて津軽藩に帰ることなど到底できそうもなかったそうで、そんな兵士たちの士気を鼓舞するために、為信公が峠の「お茶屋」で即席に唄ったのが、この唄の始まりと伝えられています。

 
この唄は、名君と称される四代藩主・津軽信政公が新田開発の拠点として設けた代官所や御仮屋において、20日盆の時に、松の木の下に陣取った殿様の前で唄い踊って見せたのが、この唄の始まりと言われております。
 その昔、物不足の時代は、特別な良い着物がなく、「ボド」という普段着で踊ったそうで、当時をそのまま再現して「ボド」を着て踊る人があります。

 出野里獅子踊りは、320年以上の歴史があり、1680年代に新田開発のため出野里にやってきた武士たちが、出野里の人々に教えたのが始まりとされております。
 踊りは、三体の鹿の獅子が、猿の化身である「オガシ」に導かれて橋を渡ります。
 ところが、雄獅子と中獅子が雌獅子をめぐって激しく争います。
 やがて、仲直りした三体の獅子たちは、力を合わせ結界をはずし、神聖な世界へと近づいていくという、大変ドラマティックな構成になっています。

 
今より200年以上も前に、鹿島神社がお授けになり、鹿島様の前でお神楽を行ったというのが始まりと言われております。
 鹿と案内する猿が奥山から降りてきて、川に橋を架けて渡り、森に上がって、お宮に参拝して、神社の庭でお神楽を行うという構成になっています。


【問い合わせ先】 つがる市教育委員会 文化課  電話0173-49-1194