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■ つがる市情報 > 市の概要 > 市の位置・地勢・沿革



■位置・地勢

 つがる市は青森県の西北部、津軽平野の中央部から西に位置しています。
 東は岩木川を境に北津軽郡中泊町、五所川原市に接し、西は日本海に面し、その海岸線は「七里長浜」と呼ばれ、北は中泊町小泊・五所川原市市浦、南は西津軽郡鰺ヶ沢町まで続き、海岸沿いは「屏風山」と呼ばれる丘陵地帯が続いています。

 南方には津軽の秀峰「岩木山」と世界遺産「白神山地」を望み、中心部は、岩木川により育まれた広大な津軽平野が拓け、津軽藩の新田開拓以来の一大穀倉地帯が形成されています。

 面積は253.85平方qで、県域の約2.6%を占めます。その土地利用は、農地56.0%、宅地4.5%、山林13.7%、その他25.8%となっています。

 気候は、日本海の影響を受ける典型的な日本海型気候で、夏季は比較的冷涼で病害虫の発生が抑えられることから、稲作や夏秋野菜の作付けに適している地域となっています。冬季は、強い冬型の気圧配置が続くため降雪が多く、また日本海特有の強い西風の影響による地吹雪のため交通が途絶することがあるなど、住民生活に影響を及ぼしています。

(注)平成16 年1 月時点における県内市町村の面積との比較。



■つがる市紹介

 つがる市は旧木造町、旧森田村、旧柏村、旧稲垣村、旧車力村が平成17年2月11日に合併して誕生しました。青森県9番目の市です。

 ここつがる市はその昔、一面不毛の湿地帯だったこの地を新田開拓のためにと先人たちが悪条件やさまざまな障害に立ち向かいたゆまぬ努力を注いで開拓した地です。

 初夏のみずみずしい緑が広がる水田風景や、秋の黄金色の稲穂が風にそよぐ壮大な田園風景は自慢の自然風景のひとつです。

 七里長浜に美しく続く屏風山防風林風景。これも先人たちが、日本海からの強い偏西風と大砂丘から飛ぶ砂塵から新田を守るため、実に200年以上にわたって続けた植林事業の成果です。

 また、国の重要文化財に指定されている遮光器土偶が出土したことでも有名な亀ヶ岡遺跡をはじめ、石神遺跡、懸河遺跡などの遺跡が数多くあります。約2万8千年前の世界最大規模と言われる埋没林、日本最古のりんごの木や、樹齢約千年と推定される、日本最大の大きさと言われているヤチダモ(一本タモ)などがある歴史ある市です。

 国際交流も盛んで、明治22年に日本海(車力沖合)で暴風によって座礁した帆船米国メーン州バス市のチェスボロー号の船員を救助したことがきっかけとなり、姉妹都市となっています。毎年行われているチェスボローカップ水泳駅伝大会では、全国はもちろん、バス市からの選手も参加し、世界大会ともいえる大イベントとなっています。



■沿革

 「西津軽郡」は、明治11 年に郡区町村編成法の制定に伴い、津軽郡が東・西・中・南・北の5郡に分けられて以来、現在までの郡名となっています。郡には郡長が配置され、その事務所として郡役所を設置(西津軽郡は鰺ヶ沢町)し、実質的な行政区画としての機能が与えられていました。(明治12 年の戸数8,745 、人口53,147 人。)

  明治22 年の市町村制施行直前には、11 町108 村を数えていましたが、同制度施行後、鰺ヶ沢町、舞戸村、中村、赤石村、鳴沢村、木造村、館岡村、出精村、越水村、柴田村、川除村、深浦村、大戸瀬村、岩崎村、森田村、柏村、稲垣村、車力村、水元村、十三村が成立しました。

  明治23 年に郡制が公布されたことにより、郡に府県と市町村の中間行政機関としての性格が規定され、議会(郡会)が設置されて自治体としての機能も与えられましたが、大正12 年に自治体としての郡(郡会及び郡の自治財政)が廃止、大正15 年には行政官庁としての郡(郡長及び郡会)も廃止されて以後、郡は単なる地理的区画となっています。その後、昭和30 年の市町村合併により、8 町村となっています。

  また、当地域を形成する5 町村のうち柏村を除く4 町村(森田村、車力村は平成16 年度までの経過団体)が過疎地域の指定を受けているなど、人口の流出・減少が続いています。

【5町村の変遷】